法人税増税と労働分配率

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法人税を増税すると、労働分配率が上がるという説。今回は、これについて書いてみます。

労働分配率の特徴

労働分配率とは「付加価値」に占める「人件費」の割合のことです。ここでは、細かく説明しませんが、大まかに言って、企業利益のうち、どれだけが労働者に還元されているかを示すもの、です。(実際には、社会保険料なども入るので、労働者還元とイコールではありません)

労働分配率と企業業績

もし、企業利益がゼロになれば、株主配当も普通、ゼロです。でも、従業員給料はゼロにはできませんから、労働分配率(分子が人件費、分母が利益)はMAXになります。

もし、企業利益が100倍になれば、配当率が不変なら株主配当も100倍になります。でも、従業員給料は100倍になりません(給与増に加えて、人員増もあるので、人件費総額は多少、上がります)。

つまり、企業の業績が悪いとき、従業員の給与は厳しくなりますが、労働分配率は上がります。

企業の業績が良いとき、従業員の給与は上がりがちですが、労働分配率は下がります。

労働分配率が上がるとき、企業は苦境にあり、「人件費の負担が重い、リストラを考えよう」となるかもしれません。一方、労働分配率が下がるとき、企業は好調で、従業員にも給料を増やすことで報いようと考えます。

人件費の変動に比べると、企業業績の変動の幅が大きすぎるので、労働分配率は企業業績の変動に振り回されすぎて、実際の従業員の待遇の指標には、ほとんど使えません。

従業員にとっての労働分配率

ですから、従業員にとって、最も良い状態は、「給料の額が多く」「労働分配率が低い」状態なのです。

「労働分配率が高ければ、従業員にとって良いことだろう」という単純化は、間違っているということだね。

大切なのは、一人当たりの給料が高く、待遇が良いということ。

業種ごとの労働分配率

労働分配率の性質について、話を進めます。

こんな例で考えてみます。

従業員80人のメーカーで労働分配率は50%とします。そのうち、部品製造部門の40人を独立させる(決算は非連結)こととし、部品は、この独立後の部品メーカーに発注することとしました。人件費が、外注費に置き換わりました。元のメーカーの従業員数は40人となり、一人当たり給料は変わりませんが、労働分配率は25%と下がります。

従業員への待遇は変化がなくても、業態や仕組みを変えただけで、労働分配率は大きく変わるのです。社会が大きく変わりつつある今、過去の数字と比べても、ほとんど無意味です。他の企業と比べることも無意味です。

「トンネルを掘る仕事」を例にとると、

人力とシャベルだけで、トンネルを掘っていく仕事なら、労働分配率は高いです。しかし、機械や車両、最新器具が導入されれば、それだけ労働分配率は低くなっていきます。

どちらが、従業員にとって優しいかは、いうまでもありません。

ここまでのまとめ

  • 労働分配率は企業利益の動向に大きく影響され、給料の額とは逆相関性がある。
  • 企業業績が好調で、従業員の給料が良好なとき、労働分配率は低いことが通常である。
  • 労働分配率は、単に結果としての数字である。これを目標指標としてしまうと、企業の業績悪化を求めるようなことになってしまう。その典型例が「法人税を増税せよ」である。

法人税増税論

増税を主張する理由

ここまで書いたように、労働分配率を目標とすること自体が、善意だけど「従業員が不幸になりかねないので、やめたほうがいい」のですが、続けますと

労働分配率を上げるために、法人税を増税せよという主張は、こんな感じです。

法人税を減税するとお金を使わないで配当とかに回すインセンティブになり、逆に増税すると人件費や設備投資にお金を使うインセンティブになる。

損得だけで考えれば、これは、家族的経営企業以外の企業では、ありえません。確実に損ですから。

売り上げ100万円、経費800万円のとき、利益200万円。
法人税率10%なら法人税20万円。
法人税率20%にしたら法人税40万円かかるが、それを20万円に「節税」するためには経費を900万まで増やさなきゃいけない。

つまり、20万円節税のために、100万円経費を増やし、80万円の損。

小規模企業の場合

町の税理士さんが、「株主=従業員」のような家族的経営企業に、よく勧めるようです。だって、税理士さんって、節税のコンサルタントですから、(ズルがし易い)法人税が高ければ高いほど、儲かるんです。

一方、消費税は、ズルをするのが難しい税金なので、税理士さんにとって、うまみがないんです。

税理士会って、税務署OBが牛耳っているしね。

「法人税払うぐらいなら、給料増やしたる」なんて、経営者の一存で決めることができる太っ腹な企業はあるかもしれないけど、法人税が多くなる年度は、儲かっている年度なので、(法人税に関係なく)ボーナスとか出てもおかしくないときなんです。

「法人税払うのは嫌だ」と経営者が、ボーナス出してくれたのに、これからもボーナス出して欲しいから「法人税増税しろ」って、恩を仇で返しているよね。自分たちが言っていることがわかっているのかしら?

たまたま利益が多くてボーナスが出る年があるかもしれません。でも、毎年、こんな感じで利益を減らし続けたら、企業は倒産します。一方、法人税は、一旦増税されたら、簡単に下がりません。こんな主張をする従業員を抱えた企業は、かわいそうです。

上場企業の場合

まず、株主の意向は、経営陣の意向より上位にあるので、これが実現する可能性はほぼありません。普通に考えて「株主への配当を減らして、その分、従業員への給料を増やします」なんて、株主総会で提案したら、経営陣は株主総会で再任されずクビです。

(経済に興味がない)普通の会社員だって、このぐらいのことはわかります。

特に、一般管理費の推移については、決算発表説明用資料でも大きく取り上げられるので、全体が増えるにつれて、その範囲内で額が増えるのは許容されますが、割合が増えるのは(理由がない限り)NGです。

株主はバカではない。従業員の給料が増えたときは、その原因を厳しくチェックしているし。

経営陣が目指すのは「従業員・経営陣・株主」三方良し。株主貶めて、従業員が得する選択肢は考えられないのです。

そもそも、今年は利益が増えそうと確定するのは年度末だけど、利益を圧縮するためには、その年度中に急いで賃金を出さなければならないので非現実的。来季の利益は赤字かもしれないのに、給料は下方硬直性があるので、通常は広告費で調整する。

百歩譲って、これにより従業員の賃金がアップするとします。でも、それは、どう考えても、正社員しか対象となりません。だって、ハケンは「派遣」なんですから。今の雇用の最大の問題は、正社員とハケンや非正規との格差問題です。格差が広がり、不公平感は一層増しますが。

実際の事例は、減税が賃金増を後押し

実際の事例となると、法人税減税が、賃金増、雇用増を促した事例は目白押しです。たとえば、

017年末に決まったトランプ米政権の大型税制改革を受け、米企業が国内投資と雇用増に一気に動き始めた。アップルは17日、300億ドル(約3兆3千億円)を米国内で投資すると表明。「トランプ減税」を契機に雇用増や賃上げを決めた企業は100社を超える。

日本経済新聞2018年1月18日 21:00

一方、法人税増が賃金増になった、なんて、妙竹林な実例は、探し当てるのが困難です。

アメリカの減税の事例

日本的経営を取り戻せ

そもそも、この主張って、国=性善説、企業=性悪説、に偏りすぎているかんじがする!

社会主義も、いわゆる新自由主義も、正反対のようですが、欧米風の労使対立路線であり、似ています。(実際には、日本で、リベラル派が騒ぐような新自由主義者を見たことはありませんが)

大切なのは、「従業員・経営陣・株主は、運命共同体である」という日本型経営を取り戻すことです。欧米型労使対立を掻き立てても、従業員は幸せになれません。日本人は、自分だけが幸せになることを好まず、皆が幸せを感じて、初めて自分も幸せを感じるのです。この素晴らしい日本的な感性を政策に活かしませんか?

まとめ

  • 法人税増税で苦しむのは、結局、従業員
  • 熱心に法人税増税と賃金増を結びつける勢力は、正反対の実例だらけなのは調べているはずであり、何か別の意図を隠しているとしか考えられない。

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