健康(介護)保険は、高額出費を除いて廃止でいい

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まとめ 
  1. 高齢者の増加が問題なのではなくて、高齢者1人あたり費用の増加が問題である。
  2. 医療(介護)保険は、財源論より前に、その内容、具体的には(誰もが認識している)無駄や非効率を減らすことを考えるべきである。
  3. 保険の本来の目的は、病気・怪我で経済苦境に陥らないような経済的保証ではないか。とすると、風邪や虫歯などの、広く浅い少額支出を保険対象にする必要はあるのか。

厚生労働省が発表した「令和4年度医療費の動向」によると、平成28年度から令和4年度までの6年間に概算医療費の増加分のうち「人口増の影響」「高齢化の影響」という人口要因は年平均で0.4%です。

一方で診療報酬改定等の影響は年平均△0.9%、その他影響の伸び率が年平均2.3%でした。

医療費の伸びについては、人口要因(0.4%)より、それ以外の理由(2.3%)のほうが、ずっと大きいのです。  

「高齢化が進むから、国民負担率が上がるのも仕方ないよ」みたいな風潮がありますが、何でもかんでも、高齢化のせいにするのも何だかなあ、と感じます。高齢化による費用増はやむを得ませんが、それ以外の要因はどうにかならないのでしょうか?

国民皆保険制度は、国民が貧富の差がなく医療が受けられる良い制度だったのですが、「医療は格安」と勘違いしてしまって、このような結果になってしまいました。制度の根本的な見直しが必要です。

そこで、今回は将来の社会保障費(特に介護)について考えます。

支える人の数?経済力?

まず、こんな例話から始めます。

ある村には、5人の農民がいました。1人につき、年に10俵の米を生産していましたので、村全体の生産は50俵でした。そして、それぞれが、その1割にあたる1俵を年貢として代官に治めていました。全体(5人)の年貢は、5俵でした。

そして、この村でも技術革新が進み、トラクターやコンバインなどが導入され、1人で50俵の米が生産できるようになりました。あとの4人は農村を離れていきました。生産性が向上しているので、農民の数は減りましたが、全体の生産量は変化ありません。

さて、ある日、代官が村を訪れて、残った1人の農民に言いました。

「昔は、5人の農民に、作物の1割を年貢として収めてもらっていた。しかし、今は農民は5分の1に減ったので、5人で1割ずつ負担していた年貢は、5倍とし、5割を年貢として収めてもらわなければならない。」

簡単な算数なので、計算してもらえればすぐにわかりますが、明らかに間違った理屈です。

しかし、現代日本では、これと同じような理屈が流布されています。こんな感じです。

「1955年には、生産年齢11.9人で1人の高齢者を支えていた。しかし、現在(2020年)は2.1人で1人の高齢者を支えている。さらに、2070年には1.3人で1人の高齢者を支えることになる。だから、国民負担率を上げなければならない」というものです。

おかしいですよね。この理屈では、経済成長を無視しています。

1955年の日本のGDPは名目8兆円ほどです。しかし、2020年には540兆円ほどになっています。金額換算では、(物価上昇はありますが)67倍も豊かになっています。

先ほどの例で言えば、「5人の労働力」が「1人の労働力と4個の機械」に置き換わったときに「5人が1人に減ってしまった。大変だ、大変だ。」と騒いでいるようなものです。いや、問題は、労働人口ではなく、生産力(経済力)ではないでしょうか?

現代日本では、子供はあまり産んでいませんが、(国の生産力を向上させる)ロボットや機械は多く製造しています。

ここで必要なのは、支える人の人数ではなく、支える人の経済力です。支える人が、貧乏なのか、金持ちなのかを考慮せずに、負担する率だけを論じても意味がありません。

国税庁のページにも、前図のような表現がされていますが、違和感があります。

だって、貧乏人3.6人の経済力より、金持ち1.3人の経済力のほうが、より大きな支えになります。

分子が「高齢者数」、分母が「国の経済力」にするべきです。

と言いつつ、

「何人の現役が何人の高齢者を支える」という比喩は、国民負担率や増税を論じるときに用いることには違和感がありますが、一般的な使用法としてはわかりやすいと思っています。

各家庭が抱える高齢者を、多くの子供達が支えていた時代と、一人っ子が支える時代では、家族の負担が大きく違います。たしかに、大変な時代に突入していると思います。

高齢者数の増加率と、経済成長率

そこで、高齢者数増加と、経済成長をわかりやすく単純に考えます。

(税率が一定なら)GDPが成長するのと同じ割合で、税収(社会保険料も含む国民負担総額のこと。以下同じ)が増えます。高齢者数の増加率と、GDP成長率が同じなら、国民負担率はそのままでもいいのです。高齢者の数は増えても、それに対応する税収も同割合で、増えるからです。

言うまでもなく、税体系は複雑です。考え方の話です。

さて、表を見てください。5年刻みで、高齢者(65歳以上人口)の伸び率と、GDP伸び率を年率換算で記しています。

1970年から2005年まで、年平均で3%以上も高齢者は増え続けていました。しかし、1990年までは、それ以上にGDPは増え続けていましたので、税収比では、高齢者にかかる費用の比率は問題になりませんでした。

実際には複雑なのですが、あえて単純に考えると、実質GDP成長率が高齢者増加率を上回っていれば、負担割合を増やさなくても、高齢化による費用増を吸収できるのです。

しかし、1990年を境に、GDPの伸びは、高齢者数の伸びを下回るようになってしまったのです。

しかし、国立社会保障人口問題研究所の推計によると、今後の高齢者増加数の推計(出生中位・死亡中位)は、年換算で1%を割り込みます。つまり、年1%以上のGDP増加があれば、金銭換算上は、国民負担率を上げずとも、高齢者数増加に伴う社会保障費などの増加をまかなえるのです。

つまり、現役世代に対する高齢者比率は増え続けていますが、高齢者数の増加率は随分と下がってきているのです。そして、それに伴って、国民負担率に影響する経済成長率のノルマは、年1%未満に下がっいます。

65歳以上 人口年平均
増加率
2020年35,336千人
2025年36,529千人0.7%
2030年36,962千人0.2%
2035年37,732千人0.4%
2040年39,285千人0.8%
2045年39,451千人0.1%
2050年38,878千人▲0.3%
2055年37,779千人▲0.6%
2060年36,437千人▲0.7%
2065年35,134千人▲0.7%
2070年33,671千人▲0.8%

もっとも、80歳以上の人口では、2020年の1,154万人から2040年の1,562万人へ、年1.5%増加します。さらに90歳以上では、239万人から514万人へ年3.9%と増えます。ただ、全体に占める比率はぐっと低いので、実質成長率が2.0%ぐらいあれば、国民負担率を上げずとも可能です。

ちなみに、絶対数のピークは、60歳以上は2038年(4,749万人)、70歳以上は2049年(3,190万人)、80歳以上は2059年(1,809万人)、90歳以上は2042年(528万人)と結構ばらついています。

産業としての現状

産業としての医療・福祉

令和3年度の経済センサスから、産業としての医療・福祉を見てみます。

医療・福祉は、日本国内の全産業に対する比率は、売上高で10.2%、純付加価値額で21.1%を占めます。

付加価値率は41.1%です。付加価値率の産業平均は19.9%であり、40%を超えるのは、これ以外に、教育・学習支援業、学術研究・専門・技術サービス業、複合サービス事業だけです。かなりの高利益率です。

付加価値と言っても、他から奪っているだけで、国全体の付加価値には貢献していません。

全従事者は889万人。1人当たりの付加価値額は8,003千円/年で、全産業平均の5,386千円を大きく上回ります(ちなみに、製造業が7,361千円、小売卸業が4,096千円)。介護事業者にはブラック企業も多い印象があったので、もっと低いと想像していたのですが、平均すると、高めです(付加価値額なので、賃金の平均とかではありません)。

もっとも、医療と介護が、ひとまとめにされていますが、差があると思います。医療が高利益率なのは、町医者を見ていればわかりますが、介護はどうなのでしょうか?

そこで、

介護事業を営んでいる上場企業のIRも参考に見てみました。

東証に上場している介護事業企業は、SOMPOホールディングス、ベネッセ、セコム、学研HDなどで、名前でわかるとおり、他事業からの進出が多いんですが、

介護の割合が多くて、財務状況が判断しやすい企業としては、セントケアHDソラストケア21などがあります。つらつらと業績を見てみましたが、レバレッジ高め(借金多め)、総資産回転率高め、営業CFが高め、

介護事業と医療事業は、かなり違うとは思いますが、介護も利益率が低いとは言えない業界です。

他産業から介護に参入する業者が多いことが、それを裏付けているのではないでしょうか。

介護と、それ以外の産業のバランス

介護を充実させるためには、介護以外の産業を成長させる必要があります。

日本経済(全産業)が成長するから介護業界も成長できるので、日本経済が停滞すれば介護業界も停滞するでしょうし、日本経済が衰退すれば介護業界も衰退します。

日本全体で見れば、お米や野菜を作る人、家電や自動車をつくる人、道路などのインフラを造り維持する人、いろんな役割を担う人がいて、バランス良い成長が大切です。経済全体のバランスを無視して、介護分野が他の産業から、どんどん労働力を吸収する未来図なんてありえません。

「他国から、介護に携わる出稼ぎ労働者を受けいればいいじゃないか」という意見もありますが、他国から労働者を受け入れるためには、他国に物サービスを売って外貨を稼がなくてはなりません。

経済成長率以上に、医療・介護など社会保障費を増やせば、他産業にしわ寄せが来ます。それは負のスパイラルです。

需要側から考えてみても、税金(社会保険料含む)を高くすれば、政府は将来の不安がなくなるかもしれませんが、比例して、国民の将来への備えが減り、不安が増えます。

将来のために

高齢者数の増加を上回る、費用の増加

過去の実績値として、高齢者医療や、高齢者福祉の費用の伸びは、高齢者数の増加を上回っています。

高齢者関連給付費の推移を見てみると、2010年から2021年までの期間に、高齢者数は24%増えています。この期間の、年金保険給付費等の伸びは9%、高年齢雇用継続給付費の伸びは15%に留まっています。一方、増えているのは医療給付費が35%増、老人福祉サービス給付費(介護など)が49%増で、医療と介護が、高齢者数の増加を大きく上回っています。

高齢者1人あたりでは、医療給付費が9%増、老人福祉サービス給付費(介護など)が21%増になっています。(まだ、インフレが始まる前のことです。)

真剣に考えなければいけない論点は、ここです。

高齢者の増加が問題なのではなくて、高齢者1人あたり費用の増加が問題なのです。

国全体の人口が減少するのに、従事者が増え続ける将来予測

厚労省の示した医療・介護費の将来予測を見てみます。

2018年度に56.8兆円だった医療介護費(公費・自己負担・保険料全て込み)は、2040年度には、約105兆円になるそうです。約85%増の予測です。

一方、この期間の高齢者(65歳以上)数の予測は、35,577千人から、39,285千人へ、10.4%増です。85歳以上の人口増になると60%強ですが、高齢者全体人口から見れば(2040年時点で)4分の1にすぎません。

(2018年度から2040年への)高齢者数の増加に比べれば、医療介護費の増加予測は85%と高すぎます。

特に影響の大きい介護については、2018年の「介護サービス利用者」数502万人に対して、2040年は743万人と48%増の予測。その中でも、特に単価の大きい「介護施設利用者」が、2018年の104万人から171万人の64%増の予測。と、積算の前提が置かれています。その基礎は、上記の年代毎の人口に現在の制度利用率を乗じた「量的変化のみで、質的変化を考慮していない」ものです。

かろうじて、時代の質的変化を反映しているといえるのが、「介護ロボット・ICTの推進」によって、2020年の「20人分の仕事」は2040年には「19人」で行うことができると仮定されていることです。2040年の介護従事者数に0.95(19/20)が乗じられています。でも、2040年までに、介護ロボットやICTによる省人効果が、たった5%って、いくらなんでも緩すぎませんか?

5%について

内閣府の、2021年度からの当面3年間と2024年度以降の各政策分野、施策群ごとに達成すべき成果目標(KPI)を設定した「成長戦略フォローアップ工程表」で、「② ICT、ロボット、AI等の医療・介護現場での技術活用の促進」として、「2040年時点において、医療・福祉分野の単位時間当たりのサービス提供について5%(医師について7%)以上の改善を目指す」と書かれており、それが根拠と思われます。

人口予測では、全体の生産人口(15歳~65歳)が、73百万人(2020年)から62百万人(2040年)と15%減少となるんですけど、介護従事者は40%以上も増えることになっています。今でも人手不足なのに、現介護従事者だけこんなに増やして、他の産業は大丈夫ですか?

製造業などでは省人化はかなり進んでいるけど、サービス業、特に介護などは、まだまだ省人化の余地があって、これから、もっとも省人化が進むことが想定される分野の一つです。

根本的に考え方に問題があると思うんです。

サービスを受ける人(高齢者)も、サービスの代金を払う人(現役世代)も、同じ需要サイドなのです。そして、需要サイドの将来予測は過去の傾向の延長上にあるものだけど、実際の未来は、供給側の努力にあり、不連続なものなのです。

先ほどの介護事業者の増減の話を、お米農家に例えると

「20世紀の初め頃の日本の人口は5000万人弱で、農民は1400万人ぐらいでした。そのデータから予測すると、1億2千万人の日本では、3800万人の農民が必要です。」

みたいな需要側だけしか考えていない予測なのではないでしょうか?でも、実際に1億2千万の人口を得た日本での農業従事者は、その予測の20分の1ぐらいになっています。

例えば、厚労省の「介護ロボット導入活用事例集」で紹介されている入浴支援型ロボットの「wellsリフトキャリー(積水ホームテクノ(株))」は、希望小売価格で140万円です。でも、2040年になったら、技術革新や量産化などで、価格は10分の1になっているかもしれません。今では、人の操作もそれなりに必要ですが、AIで無人化になるかもしれません。

上記の厚労省の予測では、「名目GDPの伸び」と「(経費の多くを占める)名目賃金の伸び」がイコールとなっていて、経済成長の恩恵が得られない想定となっています。しかし、AI介護ロボットが本格化すれば、人が嫌がるキツい重労働を、人より低コストで働いてくれます。「激安賃金の働き者」です。GDPがぐんぐん伸びるほど技術革新が進めば、激安賃金のAI介護ロボットが増えて全体経費が下がるはずです。

介護にかかる費用、そこから導き出された国民負担率の将来予測は、健全に経済成長して、技術革新もあれば、大きく減少する可能性が高いと思います。逆に、経済も技術革新も低迷すれば、想定以上に増えるかもしれません。

また、社会の変化もあります。少子核家族化で「在宅無理」と施設利用のケースが増えるかもしれません。あるいは、現在でも、「住宅改造すれば、在宅介護できるのに」というケースも多いので、高齢化仕様の住宅が増えるかもしれません。

政府予測は「このまま、ろくに改革もしなかった場合」としては、それなりに妥当な予測だと思います。ただ、将来が不透明すぎて、社会や経済の変化によって、上下に相当の幅があると思います。私たちが考えるべきは、社会や経済を良くしていくことであって、政府予測を既定路線として「財源論」ばかり論じるのは違うんじゃないかなと思います。

価格形成を歪めているコスパの悪さ

介護について書けば、政府は、「介護の質」ではなく「量」に応じて、介護事業者にお金を払うので、無駄なお金の使われ方が目に余ります。質が低い介護事業者が大量増殖し、介護利用者にも、介護従事職員にも、よくない状態です。「政府がお金を多く出せばよい」というわけではないと思います。

医療保険にしても介護にしても、問題の本質は「医者の無駄遣い」「理学療法士の無駄遣い」という供給側のコスパの悪さです。

単純に、お金の動きだけを見て考えてみます(法人税とかは無視してシンプルに考えます)。

一般に、事業者は消費者に対して、11,000円の商品を売れば、政府に1,000円を納めなければなりません。消費税が10%かかるからです。

しかし、介護に関しては、1割負担とされている腰掛便座や入浴用椅子や手すりを、11,000円で売れば、99,000円を政府からもらえるのです(課税事業者は、別途、消費税を納めます)。つまり、900%のマイナス消費税みたいなものです。

この結果、消費者から見れば「ダンピング価格」、事業者から見れば「ぼったくり価格」となり、介護対象者の住居は、寝室にも手すり、ベッド横も手すり、ドア横にも手すり、廊下にも手すり、トイレにも手すり、介護用品だらけになります。

実際には、この傾向は、物よりも、(訪問リハビリなどの)サービスで顕著です。

(リハビリと称した)おじいちゃんの散歩の付き添いなど、理学療法士でなくとも、家族で十分です。でも、家族がパートやアルバイトを休むより、理学療法士に1割を払う方がずっと安いのです。おじいちゃんの体調の悪い日や、雨の日でも、「顔を見るだけ」の家庭訪問で実績カウントされます。

これが肥大化すれば、経済全体が大きく歪みます。

上で、医療・福祉業界の、日本国内の全産業に対する比率は、売上高で10.2%(令和3年度)と書きましたが、保険制度がなければ、もっと支出を減らすので比率が下がるはずであり、そうであれば、その分、他産業の比率が上がります。

2040年に約85%増という予測は、要介護高齢者の実際に発生する切実なニーズというより、消費者「ダンピング価格」、事業者「ぼったくり価格」で、政府がわざわざ消費の介護シフトを誘導しているのです。

重症を除き、10割自己負担でいい

医療

高齢者1人あたり費用の増加の原因の一つは、医療技術の進化や政策により、保険適用されるものが毎年増え続けていることです。

そもそも、健康保険とは何でしょうか?

全国健康保険協会は、次のように説明しています。

医療保険(健康保険)は、病気やケガによって生じる経済的な負担を、お互いで支え合うことを目的にしている社会保障制度の1つです。すべての国民が何らかの医療保険に加入し、お互いの医療費を支え合っています。

「健康保険のはなし」

お互いに支え合う?風邪とか虫歯とか、全国民が(それなりに)かかる診察に、保険をかける意味がどこにあるのでしょうか。

風邪の初期症状のとき、葛根湯が欲しくて、市販薬よりずっと安いからと、病院にかかって処方箋を出してもらう人も多いです。そのとき、健康保険からは、自己負担額以外の部分だけではなく、病院にかかる経費も払っています。

保険のメリットは、「病気になって職を失い収入がなくなる」一方で「治療費がかかる」というような不幸を減らすことです。だったら「病気・怪我によって突然の経済苦境に陥る人を守る」目的に限定したほうがよくないですか。

気の毒な人を助けるのは賛同しますが、不摂生な人が得をする仕組みは納得できないです。また、間接経費の分だけ、無駄が生じるし、そこに利権も生まれます。

筆者は、保険適用の範囲を、もっと狭めるべきだと思います。具体的には、医療保険は、専門病院にかかったり、手術をしたり、の重い症状、高度な医療行為、高額薬だけに限定すべきかと。保険適用される医療機関を制限すべきです。

現状の健康保険を「自動車保険」に例えると、事故費用だけではなく、「日常的なガソリン代まで保険から出る」みたいなものです。

おしゃべりをするために病院通いをすることを防ぐためには、軽症を保険適用外にするしかありません。また、軽症の場合には、保険適用外にしても、多額の治療費がかかって患者が経済的に苦しむということはないと思います。

町医者にかかる程度の軽症なら、10割自己負担でいいのではないでしょうか

「軽症10割」だけという政策なら、政治的に実現しそうにないので、もう一方で、重症・入院・手術にかかる負担は軽くして、メリハリをつけて改革提案をすればいいと思います。

介護

介護保険に話を移します。

自動車保険の場合などだと「5万円までは免責の自己負担で、それ以上は保険」になっています。保険の趣旨が、突然の経済苦境から守ることであれば、そちらが普通の考え方です。

一方、介護保険の場合は、要介護5であれば、月に約36万円(額は地域による)まで、1割自己負担(高額所得者除く)で在宅サービス・地域密着型サービスが受けられます(その場合の自己負担は1割の約3万6千円)。しかし、その額を超えると、10割自己負担になります(高額上限あり)。(生命保険文化センターHP参照)

なぜ、少額の間は1割で、限度額を超えると10割になるのでしょうか。これでは、保険の役割を果たしません。保険というより、高齢者向けカフェテリアプランです。

そして、それは、例えば「買い物代行については生活必需品は頼めるが、嗜好品は頼むことはできない」など、条件に厳しく、多様性に乏しい、極めて使いにくいカフェテリアプランです。

その結果、本当にニーズがあるものは個々の特性に沿った条件に合わないので利用できない一方、ニーズは余り感じないけど(行政が定める)条件に合うときには(1割自己負担で済むし)利用しようか、となっています。

統計データで見ると、要介護5(月の上限が約36万円)で、実際の利用平均額は7.5万円(自己負担額7.5千円)、20万円以上のサービスを受けているのは、5.3%にすぎません。利用額が少ない割には、不満をよく聞きます。ニーズがないから利用率が低いのではなく、ニーズが合わないから利用率が低いのではないでしょうか。

そもそも、行政は「公平性」のために、誰もが納得する明確な線引き基準に従うものなので、多種多様な価値観とニーズに柔軟に対応することには、限界があります。「公助」の役割は、最低保障、貧困に陥らないためのセーフティネットであり、それ以上の「質」を求めるのは不適当です。(介護保険など)政府の政策で、全ての介護ニーズに応えようとすることが間違っているのです。

介護保険に期待するのは、このような使いにくい高齢者向けカフェテリアプランではなく、要介護になった場合に経済的に困らない保証ではないでしょうか。だとすれば、高額の支出だけ対応できればいいのであって、低額の介護支出は、10割自己負担でいいのではないでしょうか。

まとめ

まとめます。

現在の、医療・介護費には「本当に必要だから支出されているもの」と「それほど必要とされていないけど、低額だから支出されているもの」があります。そして、国民の価値観やニーズは多様なので、前者と後者を明確に分離することは難しいです。その結果、後者が増大し続けるような制度設計・運営を続けています。

ですから、健康(介護)保険制度を、ゼロから考え直したほうがいいと思います。

「所得が多いほど、保険料が高くなる」って、現状は、保険というより累進課税です。

「もし、健康(介護)保険が存在しなかったら困ること」から導き出される、保険に求められる役割は次の2つだと考えます。

  1. 病気・怪我・介護によって高額出費が生じ、経済苦境に陥ってしまうことを防ぐ
  2. 医療費が払えない低所得層の保護

そして、健康状態ではなく、所得状態で、保険料が決まるのは、保険としておかしいと思います。国民保険と被保険者保険それぞれ、国庫負担が違うのも公平感に欠けるし、所得の累進制度にするならば、税と一体化したほうがわかりやすいです。ということで、例えば一つの案ですけど

  1. 医療(介護)利用時の支払いは、全額(10割負担)
  2. (条件を満たした)高額医療費は(マイナンバーなどに)記録し、税「額」控除
  3. 「負の所得税」を採用
  4. 政府負担が生じる医療(介護)行為については、自由価格ではなく、政府が(現在のように)価格決定権(薬価制度)を持つ(悩ましいけど)。

というような仕組みにすることで、現制度よりも低コストで、より高い安心を得られると考えます。

コメントをどうぞ!

  1. アバター画像 幸福賢者 より:

    そもそも保険を強制すること自体がおかしい。
    各人が抱えているリスクは肉体によって毎に全く異なるものであり、それによって必要になる保険制度も異なります。
    国家が画一的な保険制度を全国民に押し付けるのは極めて非効率であり、個人の選択を尊重する自由権の侵害です。

    • アバター画像 週末ボカロP より:

      保険制度については、そのとおりですね

      一方、無保険者が大量に生じない仕組みも必要です

      また、新薬など高額医療は、初期開発費の費用逓減で独占になりやすく、生命を人質に供給者のいいなりになりかねないため、完全な自由市場に委ねるのは難しいと思います