「政府支出を増やせばGDPが増えて経済成長する」論は、初歩的な間違い

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まとめ 

  1. 「政府支出を増やせば、GDPが増える」論は、初歩的な間違い。
  2. GDPはお金で測れるものを、測っているだけの数値。GDPが増えたほうが豊かになるとは限らず、減ったほうが豊かになることもある。
  3. 豊かさとは、多くの満足が生まれることであって、多くのお金を使うことではない

「政府支出を増やせば、GDPが増える」論

筆者は、GDPは、私たちの豊かさの一面を金銭的に計る経済指標に過ぎないと思います。しかし、世の中には、まるでGDPを増やすことが経済活動の目的であるかのように「経済成長には次のような公式がある」と主張する人がいます。

GDP=私たち民間支出等+「政府支出」

この公式から「(右辺の)政府支出を増やせば、(左辺の)GDPが増えるのだ」と言うのです。いやいや、右辺の項目は、左辺をどのように割り振っているか、というだけの数字ですよ。

それを家計に例えてみます。私の給料を分解します。

私の給料=生活費・貯金等+「家賃」

おや、大家さんに払う家賃(右辺)が高くなればなるほど、私の給料(左辺)が増えるのでしょうか?いやいや、生活費等が少なくなって生活が苦しくなるだけです。

そもそも、私が給料増を願うのは、そのことで生活費・貯金等が増えるからです。給料自体が目的ではないのです。

R5.8.22 追記

「家賃に連動した住宅手当のように、家賃が増えれば給料が増える」と指摘がありました。ありがとうございます。

この投稿は、「政府支出で経済成長(長期)するか」というテーマなので、景気対策(短期)は話が広がりすぎるので単純化しています。

家賃を増やすことで給料(住宅手当)が一時的に増えるかもしれませんが、そのことで生活費・貯金等が増えるわけでもなく、「持続的に給料を増やしていこう」にはならないです。

厳密な正確さよりも、わかりやすい単純さを選んでいます。

ただ、ご指摘は、嬉しかったです。

そこで、これらの式の右辺左辺を整理し直します。

私の給料-「家賃」=生活費・貯金等

GDP-「政府支出」=私たち民間支出等

あら、「政府支出」を減らせば減らすほど、私たちが(金銭的に)豊かになる式になりました。

「政府支出を増やせばGDPが増える」論の滑稽さを指摘しただけで、「政府支出が、私たちの豊かさにつながっていない」とか言ってるわけではありません。この数式はあくまで、事後的な整理の式です。

冒頭に書いたように、そもそも、筆者はGDPを「豊かさの一面を表しているだけの基準」と考えています。

世の中的にも「GDPはデジタル経済における豊かさを評価する指標として有効か」という声が大きくなってきているように感じます。

 英国のイングランド銀行元副総裁で経済学者のチャールズ・ビーンは、英国政府からの要請を受け、2016年にデジタル経済における国民経済計算に関する報告書を提出した。このことをきっかけとして、「デジタル経済の計測」というテーマが、国際的に注目されることとなった。すなわち、現在のGDP統計は、デジタル経済における様々な経済活動を十分に捕捉・反映できていないのではないかという議論である。

総務省令和元年版情報通信白書

近年、日本人の賃金上昇にブレーキを掛けている原因の一つが労働時間の減少です。それは、日本人の優先順位が「(お金を使う)購買」よりも「(時間を使う)体験」にシフトしているからかもしれません。

SNS投稿のネタとしても「購買」よりも「体験」のほうが、ずっと多いように思います。

GDPが至高の価値であるかのような拝金な考え方は、そろそろ終わりにしてはどうでしょうか

ただ、今回は、このことをもう少し、掘り下げてみることとします。

いつものことですが、わかりやすいように単純化して書きます。

GDPとGDEの順序

GDPとは、国内で産み出された物やサービスの付加価値の合計額のことです。付加価値とは、売上ではなく利益のことで、中間財・サービスの値段は含まれません。日本のGDPは、次図のとおり、令和3年度では550.5兆円となりました。

国内の利益の合計額である550.5兆円を、どのように分配したのかを示すのが、国内総所得(GDI)です。

さらに、どのように支出されたかを示すのが、国内総支出(GDE)です。

ここで、生産=消費ではない。生産された物が全て消費されるわけではなく、在庫が発生するのではないか?という疑問が湧くと思います。在庫については、実際には利益となっていないし支出対象でもありませんが、統計上は(増減分を)計上します。

もう、わかりますよね?

GDEとは、その1年の消費総額というより、(その1年に増えた付加価値の増加分である)国内総生産の金額を支出面で分類したという性格のものです。だから、在庫増加分も計上されるのです。

在庫減少の場合は減算されるので、消費と同じ扱いというわけではありません。

ですから、国内総生産(GDP)の額と、国内総所得(GDI)および国内総支出(GDE)の額は、一致するのです。

GDPの速報値は、推計統計上の理由から、次の式で算出されます。

GDP=国内総支出(GDE)=民間消費+民間投資+政府支出+(輸出-輸入)

※ 先ほど書いた在庫増減は、備蓄原油や(貨幣回収準備資金の)金在庫などの公的在庫と、一般的な民間在庫に分かれて、それぞれの項目の中に含まれています。

左辺は一定

分配面でのGDPである国内総所得(GDI)を見てみます。計算式は、色んな表現ができますが

GDI=雇用者所得+営業余剰+固定資本減耗+間接税-補助金

この計算式を見て

間接税が増えれば、GDI=GDPは増える。

政府からの補助金が増えれば、GDI=GDPは減る。

と考える人がいるでしょうか?

コロナ禍で、全世帯に10万円を配りましたが、それも、この補助金に含まれます。

政府は毎月、全国民に給付金を配れと主張する人がいますが、それだと、毎月、それだけのGDPが減っていくことになります。明らかにおかしいでしょ。

「政府支出を増やせ」論の人は、「GDPを増やすために増税せよ」「補助金を減らせ」というのでしょうか

もちろん、正しくはありません。なぜなら、税が増えれば民間所得は減るし、補助金が増えれば民間所得は増えるので、右辺トータルではプラスマイナスゼロになるからです。左辺の550.5兆円(令和3年度)には、変化は生じません。

これと同じなのが、GDE=GDPの右辺です。

もう一度書きますが、右辺は、左辺の内訳を書いているに過ぎません。右辺には、民間支出と、政府支出がありますが、一方が増えれば一方が減ります。政府支出を増やせば、その分、民間支出が減ります。

令和3年度は、政府支出が27%だったので、民間支出は73%(輸出入調整後)になりました。机上の計算では、もし、政府支出を50%にまで増やすと、合計は100%なので、民間支出は50%にまで減ります。比率が変わるだけのことで、GDPの総額が増えたりはしません。

もし、政府がパソコン1000台を1億円で調達すれば、政府支出は1億円増えますが、(計算式右辺にある)民間在庫が1億円減ります。右辺トータルではプラスマイナスゼロで、左辺は変化ありません。

国全体の供給資源を奪い合っているのは、政府支出と民間支出との間だけではありません。民間支出には、民間消費と民間投資があり、この両者も供給資源を奪い合っています。

民間消費が加熱しすぎると民間投資が停滞するということもあります。

昭和末期バブル時には、「まだ、ものづくりをしているのか。もっと、手っ取り早く儲けろよ」という雰囲気だったと聞きます。

これも単純化した話で、実際の経済は複雑に影響しあっていますけどね。

GDPよりGDEが先、と主張する人の論理

GDP計算式を神格化する愚かさは、これぐらいの説明で十分かと思いますが、

計算式は別にして「政府支出を増やせば、GDPが増える」論は、1ヶ月ぐらいの短期とかで考えると、わからないでもありません。

1ヶ月なら、政府支出がGDPを押し上げるのは間違いないだろうし、iPhoneを10万円で買えば他の支出を10万円減らさざるを得ない、感覚もわかります。

ただ、それは短期の話であって「経済成長」というからには、もっと中長期で考えるべきです。

ご指摘いただき誤字修正しました。ありがとうございます(

R.5.8.1)。

人間の身体に例えると、長期での健康づくりにはトレーニングして身体を鍛えるのが良いです。

でも、1日だけの短期で元気が欲しいのであれば、トレーニングで疲れてはダメで、栄養ドリンクでも飲んでおいた方が元気が出ます。

「政府支出を増やせば、経済成長する」論は、トレーニングを避けて、栄養ドリンクを飲み続けておれば身体頑丈になるというような主張です。

そのうえで、短期の政府支出による経済活性化についても、「そんなに簡単ではない」という意見を書きます。

一部の積極財政派は、次のような屁理屈を捏ねます。

完全雇用状態で、政府支出を行うと、その分、民間の生産が滞ってしまうといった指摘がある。しかし、そういった需要過多で供給能力不足の事態に陥った時こそ、生産性の向上が発生する場面ではなかろうか。

こんなことを言う人は、経済の現場のことを何にもわかっていないです。

生産者は、景気が弱かろうが悪かろうが、生産性向上に努めると思いますが、

そもそも、生産者は、売上個数を増やすためではなく、利益を上げるために、行動するのです。

「供給能力不足の事態に陥る」は、生産者にとって、解消すべき事態ではありません。むしろ、値上げチャンスでありがたいぐらいです。

景気が悪く、売上が低迷しているときに、「今は生産量が少なく、生産設備の稼働率が低いので、この機会に新設備にリプレースしよう」というのが、普通の考え方です。

景気が良く、売上が伸びて生産設備がフル稼働しているときに、「設備リプレースのために生産を休もう」なんて、みすみす、利益を上げる機会を失うことを考えるでしょうか?

経済対策としての政府支出について反対しているのであって、全ての政府支出のことではありません。

というか、政府は、選択と集中で政府がするべきことに集中してください。

「GDPギャップを埋めろ」と言っているだけ

「政府支出を増やせばGDPが増える」論の人は大抵、「税は財源ではない。財政支出は国の供給能力だけが制約である」論も主張しています。国の供給能力とは、潜在的GDPです。

つまり、次の2つを同時に主張しています。

  1. 政府支出を出せば出すほど、実際のGDPは成長拡大する
  2. 政府支出には、国の供給能力(=潜在的GDP)の制約がある

 この2つの論を合わせると「政府支出を増やせば実際のGDPが増えるが、潜在的GDPが制約である」という主張になります。
 これって「経済成長論」というほどのものではなく、「政府支出でGDPギャップを埋めろ」と言っているだけではないでしょうか。
 まあ、「政府支出を増やせばGDPが増える」論自体が間違っていることは上で書いたので、これ以上、突っ込むこともありませんが、


 「GDPギャップを埋めろ」の滑稽さについては以前に書いたので、そちらも読んでいただければと思います。

GDPは、質を考慮していない

国民の「欲しくて買った」を集計すれば、国民がどれだけ豊かさを手に入れたかが計算できます。そうした指標なら、拡大を追求する意味があります。しかし、GDPは「欲しくて買った」も「無駄遣いした」も全部を合算した、金額が大きければいいだけの指標です。

無駄な政府支出であればあるほど、GDPが増えます。たとえば、公共工事の入札では、最も安い応札業者が落札しますが、それを止めて、最も高い応札業者と契約するようにすれば、それだけGDPは増えます。

つまり、その金額が豊かさに結びついているのかどうかなんて考慮したりしていません。

デジタル経済での、GDPと豊かさ

最後に、もう一度「GDPはデジタル経済における豊かさを評価する指標として有効か」という論点に戻ります。

例えば、オンライン会議の普及により、出張減による交通需要が減少しました。会議室需要も減少しました。もちろん、行動形態の変化などで、逆に、思いもよらない需要が生まれるのですが、そういうことは予測ができません。予測もできないので、目の前に見える状況だけを見ると「イノベーションは、GDPを減少させる」となってしまうのです。

GDPは、「量(金額)」の指標です。ですから、非効率で無駄遣いなほどGDPは増えるし、イノベーションによる価格低下はGDPを減らすことが多いです。

でも、オンライン会議でGDPが減ったとして、そのことで、私たちは貧しくなりましたか?
GDPを基準にするのではなく、私たちの豊かさの実現を基準にしませんか?
その場合、GDPが増えた方がいい場合もあれば、減った方がいい場合もあります。

ネットを使って中古品を入手した人は、フリマやネット・オークションという手段がなかったとすれば、新品を購入しただろう。そして、製品の販売業者やメーカーの売り上げが増加し、そこで働いている人たちの所得は増加したはずだ。しかし、フリマやネット・オークションを通じた取引が拡大すれば、製品の販売業者やメーカーの売り上げは低下し、経済活動は縮小してしまうことになる。

カーシェアリングで自家用車を共有することや、民泊で空き家や空き部屋を使って個人が収入を得るということでも、同じようなことが起こる。今までそれぞれ自家用車を所有していた2人が、カーシェアリングを利用することで1台の自動車を共用することになったとしよう。

必要な自動車が1台になるので2人にとってコストは大きく低下する一方、便益が大きく減少することはない。しかし自動車会社から見ると、今まで2台売れていた自動車が1台しか売れなくなるので、生産・販売台数は減少するはずだ。1台当たりの利用時間が増えて乗用車の利用効率が上昇しており、より少ない資源で今までと変わらない便利さを実現しているので、社会的には望ましいが、経済活動という視点でみるとやはり縮小圧力となっている。

民泊も同様で、放置されていた空き家が有効活用されるので、社会的に望ましいはずだが、ホテルや旅館にとっては需要の減少要因となるはずである。社会的な望ましさと、経済活動の規模という尺度とは必ずしも一致しないのだ。

「「デジタルの恩恵」はGDPとは別の指標で捕捉を」櫨 浩一

簡単に言うと、デジタル経済は、コスパが良い(少ない金額で多くの満足)のです。そして、デジタル経済への進展がGDPの成長に余り寄与していないとしたら、デジタル経済に問題があるのではなく、GDPが(お金の)量を測る指標であって、満足を測るものではないからです。

私たちがお金を稼いだり使ったりするのは、それによって満足が得られるからです。満足に価値があるのであって、お金の額に価値があるわけではないのです。

豊かさとは、多くの満足が生まれることであって、多くのお金を使うことではないのです。


コメントをどうぞ!

  1. アバター画像 匿名 より:

    某Tomyさんからお勧めいただき記事を拝見しましたが、素晴らしいの一言に尽きます。

    実は、過去にツイッターでハンキンMMT信者様から「無駄な政府支出があればあるほどGDPが増える! だから無駄であろうと政府支出は増やすべきだ!」と言われて、スマートに反駁できなかったのですが、今後は出来そうです。

    本当に勉強になりました。
    ありがとうございました!

    今後もこつこつと過去記事を読ませていただきますね。

    • アバター画像 週末ボカロP より:

      ありがとうございます
      そもそも、GDPを増やすとか増やさないとかに関係なく、無駄はやめてほしいです

      • アバター画像 匿名 より:

        返信が頂けると思っておらず、反応が遅くなってしまい失礼しました。

        >無駄は止めて欲しい
        それは、私も10年以上前からブログやツイッターで主張していますが、永らく全く無視状態でしたね笑
        昨今は、流れが変わってきたと感じますが。

        ちなみに、細かい誤字があった場合はこちらでご報告すればよろしいですか?
        今後は、ツイッターの方がチェックしやすいでしょうか?
        (わたしの勘違いで誤字ですらなかったら申し訳ありません汗)

        ★中央辺りの、『ただ、それは短期の話であって「経済成長」というからには、もっと中短期で考えるべきです。』
        →中短期ではなく、中長期?

        • アバター画像 週末ボカロP より:

          誤字の件、ありがとうございます。(連絡は何でもいいです)
          流れは少しずつ良い方に動いていると思っています(「もっと早く」と願いますが)。