イスラエルとパレスチナのWIN-WIN【前編〜解決を拒む既得権益】

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メディアの解説は、たいていが「悪い大人(イスラエル)が、可哀想な子供(パレスチナ難民)を虐めている」という視聴者受けの単純ストーリーです。

誤解のないように、筆者はイスラエルの対応が全て良いなどと、全く思っていません。ただ、本質的な問題と、派生的な問題を区別したいだけです。

そして、論理的に辻褄が合わなくなると、「中東の宗教や民族感情は非論理的ですから」と逃げるのです。

イスラエルのユダヤ人の半数は、宗教に興味がない世俗派です。与党リクードも世俗派であり、経済界も世俗派が主流です。イスラエルで、ユダヤ教の宗教活動や教義が強制されたりしません。しかし、メディアは、わざわざ「ユダヤ教vsイスラム教」の説明から始めることで、イランやアフガニスタン(タリバン)のような宗教強制国家の印象付けからスタートしています。

「アラブやユダヤは宗教が絶対なので、歩み寄ることができない」論ですが、じゃあ、20世紀に入るまでアラブ人とユダヤ人は千年以上も共存してきたのは何だったのか、と聞きたいです。

実際には、宗教が違うから暴力が起きるのではなく、暴力を起こすために宗教の違いを持ち出すのです。

それぞれの正義の衝突と、既得権益

宗教であろうが、無宗教であろうが、それぞれの考える正義が違っているときに、それぞれの正義感が衝突します。それは、「平和」「人権」「平等」といった単品でも同じことです。正義感があるところに、衝突はあるのです。しかし、例えばキリスト教の場合には、その正義感より上位に「敵を愛しなさい」「愛がなければ全てが虚しい」と示されていることで、外との衝突の前に、内なる葛藤があります。

一方、正義感のない人は、「みんなが幸せになるため」の正義より、「自分が幸せになるため」の権益を追求するので、もっとやっかいです。

「無宗教」の場合、例えば、共産主義の中国でも、「異教徒の排除」が「反革命分子の排除」に代わるだけで、宗教であろうがなかろうが、同じことです。

中国共産党革命では、当初は、「資本家・地主階級を倒して労働者天国の実現」という「革命理論」を素直に行動原理にしていたかもしれません。

でも、革命が成就してしまうと、理論家の必要が低下し、実務家が必要となってきました。

理論家は焦り、実務家を牽制、排除するために「革命理論」を前面に出してきます(文化大革命での「造反有理」のように都合の良い解釈が生まれます)。

それを乗り越え、年月が経つと、共産主義体制を担っているのは、共産党の仕組みの中で権力の階段を昇ってきた実務家です。彼らは、もはやイデオロギーと関わりなく、共産党体制が壊れることを恐れています。その既得権益を維持するために「革命理論」が強調されるようになってきます。

そんな感じで、正義を実現するために作られた組織や運動体が、組織や運動体を守るための既得権に代わっていきます。

以下、宗教について書きますが、筆者はそれほど見識があるわけではないので、主に、表面的に観察できることを中心に書きます。宗教の是非や善悪を論じているのではなく、「宗教に責任を押し付けて、あとは思考停止」への批判です。

イスラム革命

現代イスラム版の十字軍

宗教が政治的に利用されるのは、人々を、強制的にではなく、自発的に、誘導するのに、効果的だからです。その悪例が、ヨーロッパで11世紀から14世紀まで続いた「十字軍」です。

本来は、東ローマ帝国(キリスト教国)とセルジュークトルコ(イスラム教国)との戦いの最中に、東ローマ帝国側がローマ教皇に傭兵の提供を訴えたことですが、ローマ教皇は動員のために「聖地エルサレムを奪還しよう」と呼びかけたのです。

しかし、やがて、同じキリスト教国のハンガリーや東ローマ帝国を攻撃するなど、経済的利益のほうが上回るようになってしまいます。

イスラム革命は、数百年遅れの十字軍のようです。

イスラム革命の指導者自身は、現時点では、本気で「世界にイスラム革命」を考えているかもしれません。

でも、宗教心に訴えれば、信者を熱狂させることはできますが、その熱意は、宗教が本来持っている「倫理」とはかけ離れたものです。だから、その熱意は暴走して、当初の指導者の意図とは違った方向に進む可能性が高いです。それは数百年前の十字軍のようで、最初は宗教的熱意でも、徐々に変質していきそうな気がします。

イランは宗教国家にしては、明らかな嘘が多すぎて、そんなことで内部的にモチベーションが保てるとは思えません。イスラム教的には「嘘も方便」ではないはずです。

パレスチナ過激派の自爆テロ戦術の元祖

日本にも、無縁の話ではないです。

1972年に(後の「日本赤軍」。当時はパレスチナ解放人民戦線の国際義勇兵だった日本人3名が(自殺的攻撃を仕掛けた)テルアビブ空港乱射事件は、(イスラム教の教義で自殺を禁じられている)当時のアラブ人にとっては衝撃的で、イスラム過激派の自爆テロ戦術は、そこからヒントを得たと言われています。

世界では、パレスチナの自爆テロは「カミカゼアタック」の日本が元祖であると考えられています。

でも、「自爆の系譜」と一緒にされることは、当の日本人からすれば、非常に違和感があります。日本の特攻(戦争末期の)とパレスチナの自爆テロでは、表面的には似ていても、全く違います。

特攻を肯定するつもりも、美化するつもりもありませんが、「日本の一般住民を殺戮する巨大な米艦隊」対象の特攻と、「無関係な一般住民を殺戮する」自爆テロを、同一視して欲しくはありません。

繰り返しますが、特攻も間違っています。

9.11の同時多発テロが起こったときには、特攻隊の生き残りの人たちに欧米メディアの取材申し込みがありました。かつては、日本人は「自爆テロで死ねば靖国神社で神として崇められる」宗教の狂信者だと思われていました。(田中議定書という)日本軍の世界征服計画すら、本気で信じられていました。世界中で、日本人の宗教を理由に、日本人を、そういう目で見ていたのです。

話を戻すと、この当時のことについて、日本赤軍の重信房子氏は、次のように語っています。

重信 ヨルダンで起こった内戦を分析するため、アラブ専門家らに話を聞いてまわっていたんです。すると「これはベトナムとは違う」と思ったのです。ベトナムならアメリカを追い出せば国をつくれるが、パレスチナはイスラエルを追い出そうとしても、イスラエルを支えるユダヤ資本、国際権力と闘わない限り解放は難しい。そうすると、この人たちは世界革命を求めざるを得ない。「グローバル革命のおへそ、それがパレスチナだ」と思ったんです。

毎日新聞2022.12.28

そう、グローバル革命。これでは、もし、パレスチナの住民が平和を望んだとしても、認めてもらえそうにありません。パレスチナの住民のためではなく、「パレスチナをグローバル革命のための国際根拠地にする」という自分たちの運動のためなんですね。

もともと、PLOは、イスラム色が薄くて、世俗的な社会主義路線でした。主流のファタハは、社会主義インターナショナルに加盟しているし、日本赤軍と共闘していたパレスチナ解放人民戦線(PFLP)はマルクス・レーニン主義を掲げています。しかし、1990年代に冷戦が終結し、旧共産主義国からの支援もなくなってしまいました。

金づるの変化に応じて、力を増してきたのがイスラム革命路線です。でも、看板が変わってるだけで、やっていること、パレスチナ住民に対する姿勢は、(宗教を害悪視している)新左翼と、ほぼ同じではないでしょうか?

筆者は、イスラム教が、好戦的か?平和的か?なんて、どちらでもよくて、
宗教に責任を押し付けることで、本質から逸れてしまうことに反発しています。念のため。

ほとんどの場合、真の害毒は、その宗教ではなく、宗教を曲解して非人道的行為を正当化することです。

ユダヤ人とユダヤ教

次は、ユダヤ教を考えます。

よく、テレビで中東専門家が「旧約聖書には、ヨルダン川西岸やガザは「神の約束の地」と書かれているので、イスラエルは固執している」と解説したりしています。

でも、旧約聖書によると約束の地は「ナイル川からユーフラテス川まで」であり、だったら、エジプトと平和条約を結んだときにシナイ半島を返還したのはおかしくないですか?

当時は現代的な国家観じゃないし。

そもそも、政府がそんなにユダヤ教に厳格なら、領土より先に、国民の半分以上がユダヤ教に不熱心な状況に取り組むはずじゃないですか(イランやアフガニスタンのように)?

後で書きますが、(日本列島の1億2千万人と比べても)差し迫った土地不足という感じもしません。

イスラエル政府が、エジプトに返還したのも、ヨルダン川西岸やガザに執着するのも、明らかに安全保障のためです。

だって、首都のこんなに近くに、テロ集団の根拠地があって、取り締まることもできない状況になることは、国民の安全を守る上で容認できないと考えるほうが自然です。

文化の対立?

1919年のパリ講和会議で、アラブ人を代表していたファイサル氏(のちのイラク国王)は、次のように述べています。

ユダヤ人はアラブ人と血のつながりが非常に近く、両人種の間に性格の対立はありません。原則的には私たちは完全に一致しています。

旧約聖書では、神が「この地を与える」と約束したアブラハムの、長男がアラブ人の祖先であるイシュマエル、次男がユダヤ人の祖先であるヤコブの父イサクと伝えられています。

旧約聖書では、神はヤコブにも「この地を与える」と言っています。

言語的にも、ヘブライ語とアラビア語は、同じ中央セム語です(とは言え、言語習得的には、英語とドイツ語ぐらいの距離感だそうです)。

イスラム社会では、ユダヤ教徒やキリスト教徒は、同じ「啓典の民」として扱われており、ユダヤ人は、ユダヤ教徒としての伝統に則した暮らしをしていました。
この当時のアラブ人のユダヤ人に対する認識は、こんなかんじだったのです。

ところが、建国前の数十年間にパレスチナに移民してきたのは、イスラム社会からのユダヤ人移民ではなく、主にキリスト教社会からのユダヤ人移民でした(イスラム社会からの移民の多くは、建国後)。西洋化した彼らの多くは、キリスト教社会に同化し、ユダヤ教には関心が低かったり、無神論や社会主義に傾倒していたり、植民地アジアアフリカの有色人種を見下していたりしている人達もいました。

1937年のピール委員会では次のように報告されています。

約100万人のアラブ人と約40万人のユダヤ人が、公然とあるいは潜在的に紛争を抱えている。彼らの間には共通点がありません。アラブ人コミュニティは主にアジア人の性格を持ち、ユダヤ人コミュニティは主にヨーロッパ人の性格を持っています。彼らは宗教も言語も異なります。彼らの文化的および社会的生活、考え方や行動様式は、国家的願望と同じくらい相容れません。これらは平和への最大の障害です。

ピール委員会の報告は、ユダヤ人とアラブ人の対立は、宗教ではなく、ヨーロッパ文化とアジア文化の対立という認識です。

この当時は、周辺のアラブ諸国はイギリスやフランスから次々と独立し、白人を見返す気分でした。そこに、外見も白人のユダヤ人がきたのです。

しかし、イスラエル建国後、アジア(アフリカ)のイスラム社会ではユダヤ人が迫害を受けるようになり、(先に移民していた)ヨーロッパ系(50万人弱)と同規模のアジア(アフリカ)系ユダヤ人(約40万人)がイスラエルにやってきます。彼らは、ユダヤ教に熱心な人たちが多く、しかも「アラブ人に追い出された」という感情を持っていました。

もちろん、個人差がありますので、一般論です。

アジア(アフリカ)系ユダヤ人は、パレスチナ難民と同じような境遇なのですが、故郷を追われたあとはイスラエルで生活を再構築し、ヨーロッパ系ユダヤ人とそれなりに協調して、一般市民として社会生活を送っています。それを考えると、ヨーロッパ文化とアジア文化の対立というのも違う気がします。

アジア(アフリカ)系ユダヤ人からすれば、同じような境遇なのに「80年も経って、まだ難民で、国連の手厚い援助を受けるパレスチナ難民って、自立心は無いの?」となります。

こういうのは、日本国内でも、勤労者が生活保護受給者に抱く感情と似ていて、ある意味、万国共通のものです。

いろんなユダヤ人が、いろんなレベルで、パレスチナ人に対して、いろんな感情を感じていて、それが対立を生んでいますが、直接的にユダヤ教と関係してはいないように思います。

ユダヤ人の宗教態度の分類

ところで、イスラエルのユダヤ人は、ユダヤ教に対する態度で、4つか5つに分類されます。イスラエル政府の統計局の人口調査(2022)では、次のような割合になります。


  • 超正統派(10.9%)ユダヤ教の宗教的生活をしている(日本で言えば、在家のお坊さん)。
  • 宗教派(11.5%)社会生活を営んでいるが、宗教活動も熱心
  • 伝統派(22%)ユダヤ教を、伝統や文化として守っている
  • 世俗派(43.9%)ユダヤ教のイベントには(日本人が正月に神社に初詣に行くように)参加したりしている。

Pew Researchの調査(2014-5)によると、各派の傾向は次のとおりです。

(それぞれの派の人数比率に応じて太さを変えて見ました。)

シオニズムとは、広い意味で、エルサレムの丘の名である「シオン」を語源とし、世界中に離散していたユダヤ人に対する「シオンへ帰ろう」という運動のことですが、いろんなニュアンスで使われています。

質問のニュアンスによって、また時期によって、数字は変動しているので、数字そのものよりも、各派の傾向を見るものとしてください。
(特に二国家解決の質問は大きく変動しています。)

ユダヤ教の超正統派

この調査で注意が必要なのは、回答は似ていても正反対な考え方があることです。特に、「パレスチナ独立国家と平和的に共存(二国家)は可能か」と言う質問です。

超正統派は、イスラエル建国(第一次中東戦争)を、聖書の「汝、殺すなかれ」に違反しているとして認めておらず、イスラエル建国の日には「ユダヤ人はイスラエルの残虐行為を糾弾する」と主張するデモをしています。シオニズムについては、「神による救済」ではなく「人間の自力救済」であると否定的で「イスラエルをパレスチナ人へ返還して、ユダヤ人はその元で暮らすべきである」と主張しています。二国家を否定しているのは、そういう意味です。つまり、反シオニズムです。

超正統派とは、どのようなグループでしょうか。彼らは、イスラエルの中でもっとも、ユダヤ教に熱心で、基本的に男性は仕事をせずに、ユダヤ教の研究ばかりしています。

超正統派の男性は仕事をしていないため、生計は女性や、国の生活保護などの特権に依存しており、貧困家庭が多いです。ただ、近年では、就業率も上がり、男性の51%、女性の78%が就業しています(2021年)。ただ、雇用者の月収は、男性で他のユダヤ人に比べて50%程度(超正統派8,529nis、他のユダヤ人16,024nis。/2021年)にとどまっています。

国に大きく依存しているので、政治活動も熱心です。超正統派を支持基盤とする政党のシャス(議席数11)や統一トーラー(議席数7)は、与党に入っています。

10.7のハマスの攻撃後も、パレスチナ人を支援するデモをおこなっており、イスラエル国内で軋轢を生んでいます。

ただ、超正統派は貧しい人が多いので、国の優遇策が多いヨルダン川西岸に入植する人も多くなってきています。その場合、信仰的には「反シオニズム」だけど、経済的に「シオニズム」という状況になります。

アメリカのキリスト教福音派

また、よく言われるのが、アメリカのキリスト教福音派が、イスラエルの過激な排外主義を後押ししているというものです。

今年、11月14日から21日にかけて、ライフウェイ・リサーチの「自称クリスチャン(カトリック・プロテスタント・正教会)」のオンライン調査から少し、紹介します。(これは「自称」なので、実際には教会にも通っていない「(キリスト教気分な)あまり信仰的ではない右寄りな人」が含まれています。)


これ以外にも多くの質問がありましたが、「同意する」「同意しない」「わからない」が分散されているものが多くて、単純に一方通行に誘導されているという感じはありません。


全米福音主義者協会(NAE)は、テロ直後の10月11日に次のような声明を出しています。

全米福音主義者協会では、イスラエルとガザでの暴力と人命の喪失に心を痛めています。私たちは世界中のクリスチャンとともに、この地域における戦闘の終結と公正かつ永続的な平和を祈ります。私たちは、神が常に主権者であり、民の祈りに応えて行動されることを信じています。 

NAEの公共政策ガイド「国民の健康のために」に記されているように、私たちは「(公正な平和を促進し、暴力を抑制する)これらの責任を負う政府指導者のために祈り、支援し、建設的に批判しなければなりません。」イエスに続く者として、私たちは国家、部族、宗教の境界を越えた紛争の正当な変革につながる相互尊重を模範とし、促進する必要があります。」

ぜひご一緒に祈ってください。  

  1. イスラエルとガザ全体の秩序と安全の回復のために。 
  2. ハマス指導者に対し、イスラエルに対するさらなるテロ攻撃を停止するよう求めます。 
  3. イスラエルの指導者たちは復讐ではなくイスラエル国民の防衛に集中するべきです。 
  4. 人質に取られているすべての人々の保護と安全な帰還のために。 
  5. 理不尽な暴力によって傷つき、トラウマを負ったすべての人々の癒しと回復のために。 
  6. 大切な人を亡くしたすべての人に慰めを。 
  7. 暴力が唯一の選択肢だと感じている人、そして無力で弱いと感じている人のために。 
  8. 重要な治療、ケア、救済を提供する人々の保護と強さのために。 
  9. 外交に携わるすべての人に、差し迫った紛争を終わらせ、継続的な暴力を誘発する外部の努力を阻止するための指針を求めます。 
  10. すべての人にとって持続可能な平和と正義という長期的な問題に対処できるイスラエルとパレスチナ両国の状況を回復すること。 
  11. イスラエルとパレスチナの教会を強め、証しするために。 
  12. 世界のために。
「中東の平和と正義のために祈ります」全米福音主義者協会 2023.10.11

また、中東・北アフリカ、アジア、中南米などの福音主義の教会が、同じような声明を出しています

次は、全米福音主義者協会(NAE)が1970年に出した「中東決議」です。

現在中東に存在する危機的状況は、世界平和に対する新たな脅威となっています。

私たちの信仰のルーツは聖書にあり、またキリスト教徒として世界のこの地域に対する国家的および精神的利益のため、私たちは中東における平和と正義の大義、そして人々の大きな人間的および精神的ニーズを満たすことに重大な懸念を表明しています。その地域のすべての人々を創造的かつ建設的な方法で支援します。

私たち全米福音主義者協会は、聖書的および歴史的立場の観点から、イスラエルとアラブを含む中東のすべての国々が主権国家として存在する権利を認めます。

私たちは、ユダヤ人、アラブ人を問わず、難民の福祉と社会復帰に深い関心と懸念を表明し、また、すべての当事者のための公正かつ公平な審問に対する関心を表明します。

私たちは中東の平和のために、中東諸国のキリスト教会の証しのために、そして預言的・聖書的意味における「エルサレムの平和」のために祈るよう教会に呼びかけます。

中東決議「全米福音主義者協会」1970.1.1

もちろん、アメリカにもいろんな人達がおり、福音派の人たちは、人口の4分の1を占めるそうですから、なかには「パレスチナでハルマゲドン最終戦争だ」陰謀論者もいます。でも、それを針小棒大に言い立てて「大統領選挙の鍵は、そういう陰謀論者が握る」なんて、そのほうがよっぽど陰謀論に聞こえます。

もし、欧米の人が「日本の政治家は軍国主義を目指している。その証拠に靖国神社に参拝している」と聞けば、「なるほど」と思うかもしれません。でも、「死んだ人が神になる」という宗教観の日本人からすれば、バカらしいです。陰謀論は、筋道がわかりやすいけど、根本の基礎知識が間違っています。それと同じで、本質を理解しないまま、「ハルマゲドン戦争だー。聖書に書いてある」って、あまりにも幼稚すぎる陰謀論です。

(終末的黙示論の根拠である)ヨハネの黙示録は、旧約聖書も含めて張り巡らされた複雑な伏線を回収しなければならず、非常に難解です。数多くの解釈が成り立ち、神学の世界です。

これを断定的に、政治活動の指針とするなどあり得ません。

アメリカ福音派の代表的オピニオン誌であるChristianity Today誌を読むと、福音派の人たちの傾向がわかります。そこでは、パレスチナのキリスト教徒を気遣う記事が目立ちます。

パレスチナはキリスト教発祥の地であり、歴史的なキリスト教会はアラブ人が守ってきました。

イスラエル国民やガザ住民に寄り添う記事はあっても、「パレスチナ人を追い出せ。ハルマゲドンだ」みたいな終末的黙示論からシオニズムを支持する記事は見当たりませんでした。

何度も書きますが、宗教の是非や善悪を論じているのではありません。ここでは、それは、論点ではないと主張しています。

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